万作の会

 能楽堂に補助席まで設ける程の観客を呼ぶ舞台がどれくらいあるだろうか、二十二回を迎えた、ふくおか「万作の会」(1月10日 福岡市、大濠公園能楽堂)は、幅広い愛好者と共に積み重ねてきた時を思わせる盛況ぶりだった。
 大曲「歌仙」は登場人物が多く大掛かりな装束や道具が要るため、なかなか演じられない演目だが、万作の喜寿祝い記念公演に相応しい華やかな選曲である。
 絵馬から抜け出た六歌仙、百人一首で馴染みのポーズの静止画面からウ~ムと伸びだしてきて笑わせる。さながら鳥獣戯画のアニメーション化を見るようだった。
 最初は仲良く歌合わせに興じるが、小野小町が遍昭に盃を回したことから人丸(人麻呂ではなく)がやっかみドタバタな宴に変わっていく。雅な雰囲気と裏腹の人間臭さが面白く、前半は静、後半は動、の趣は興味深い。万作の人丸は賢人にして老獪、萬斎の遍昭は明朗で天真爛漫、共に個性を出し切っていて、反対の配役だったらどうなるだろうと余計な想像をしてしまう程、役にはまっていた。
 王朝絵巻の衣装ではあるが、その色彩感は狂言の装束に通じ、囃子方の黒紋付の前で効果的であり、美意識に富んだ舞台だ。絶世の美女である小町に「乙」の面をつけ、愛嬌ある女性に仕立てているのも狂言ならでは、か。
 万作は、白い装束に包まれ長い髪で、顔が見えにくいのが残念、やはり万作はあの独特の表情が見たい。が、後半の乱闘シーンでの軽い身のこなし、足さばきは健在ぶりを発揮し、見事である。
 「おもしろうござらぬ」絶妙の間合いで発した万作のせりふに笑いながら、いつの世も世相を映し風刺してきた演劇の醍醐味を感じたのは私だけではないだろう。

築城則子・染織家
2009年1月16日
朝日新聞夕刊 掲載