万作・萬斎狂言

 「棒縛」は狂言の代表作とも言え、多くの人が知る演目だろう。「万作・萬斎狂言」(9日、北九州芸術劇場)で野村萬斎が太郎冠者を演じた。


   主人の留守に盗み酒をする家来二人は、両手を縛られようとも必死で酒を酌み合い、酔っては愉快に舞い謡う。不自由な動作、その一連のしぐさが滑稽だ。どんな時にも欲に忠実に精いっぱいの知恵を働かす、そんな普遍的な主題が代表作ともなり得るわかりやすさでもあったろう。


 この日の萬斎は、能楽堂ではないホール空間での上演や、初心者が多いだろうとの配慮からか、表現が少々過多だと感じた。当代きっての美形役者であり、大胆な帆掛け船文様の肩衣が似合って姿も美しい。その彼が顔面崩して感情を直接的に伝える。面をつけない狂言ならではだが、現代のお笑いにはない、地鳴りのような笑いを誘ってほしいと欲張りたくなる。


 かたや野村万作の「小傘」、博打で食い詰めた男がにわか坊主になって、お布施を騙しとろうとする。小唄をお経のように唱え、参拝者まで輪になって踊りだすほど高揚させ、さっさと逃げ出す。こんなワルなのに、なぜか憎めない。万作は徹底して顔の表情を変えず、目でものを言っても表情は不動。その計り知れなさが観客の想像力を刺激するのではなかろうか。声に常の艶がなかったのが気になったものの、狂言の醍醐味である「繰り返し」の一節「ナーモーダ、ナーモーダ」が耳に残り、思い出し笑いを誘う。


 二枚看板になれる稀有な存在の万作親子は、今だからこそできる演目の組み立てをしているのかもしれない。対照的な演技をすることで、すそ野を広げ、理解を深くしてゆく。そんな狂言全体を俯瞰した戦略を垣間見た舞台であった。

築城則子・染織家
2009年9月18日
朝日新聞夕刊 掲載