万作の会

 観劇事始めは年初恒例の「万作の会」からという観客が多いのであろう。二十三回目の今年も大入りだった。(一月十日 福岡市、大濠公園能楽堂)


 「奈須与市語」は能「八島」の間狂言で、稀な演目だが、三役を演じ分ける技量と姿の佳さを併せ持つ萬斎ならではの独演。シンボリックな扇と、身体の動きとが融合し、絵画的舞台に昇華して観る者を魅了していった。


 「牛盗人」は狂言では珍しく演劇性が強い異色の演目である。法皇の牛が盗まれ、怒る奉行(萬斎)、犯人を訴え出る子供、捕らえてみるとそれは子の実父。万作は孫である裕基と情感あふれる親子を演じ、特に、涙する場面は秀逸で真の演劇人とうなずく。「狂言三代」と銘打つ今回の舞台への意気込みそのままに、三者三様光っていた。


 裁判劇でもあり、人情劇でもあるが、最も重要な役どころは子供だ。これまでにも何度か観てきたが、子役の演技次第で緊張感ある舞台になるか否かが決ると言ってよいだろう。


 野村裕基、十歳。初舞台からわずか七年で、これほどに成長するのかと目を見張るものがある。まず口跡が佳い。少年の複雑な心情を伝えるには殊にせりふが重要だが、見事に演じきった。また、表情が佳い。眼力とでも言えようか、役者にとってかけがえのない資質を感じさせる。シリアスな内容だけに、その真摯でひたむきな演技が生きていたように思う。この先、「おかしみ」を加えた裕基の次回作が楽しみだ。


 それにしても万作、萬斎の会では、いつも当を得た装束の感性に驚かされる。奉行の直衣は薄茶地に紅白の飛び柄、紅梅白梅を思わせ、寿ぎに花を添えて、めでたさも増す新春の一日であった。

築城則子・染織家
2010年1月15日
朝日新聞夕刊 掲載